塩の力⑥ - いきづく言葉と塩活の関係!塩不足は心にも影響する?

 いきづく言語が必要だ


健康に関する情報、統計、数値、学説、理論が毎日のように次々とあふれ出ています。時には、健康情報そのものがかえって病気を引き起こしているのではないかと思うほど、私たちは情報の洪水の中で生きています。しかし、個人や社会ごとの食文化、生活様式、文脈や関係性を無視した分析は、実生活には全く役立たないどころか、時には危険を伴うこともあります。

今日、子どもにどんなおかずを作ってあげるべきか、健康的に生きるにはどう食べるべきか悩む私たちには、日常の中で息づく「言葉」が必要です。新しい知識や情報ではなく、何千年も使われてきた、身体から生まれた「言葉」を取り戻すべきなのです。


母や祖母が日常生活の中で使ってきた家事や料理に関する言葉、家族を気遣いながら食事を作る中で培った知恵の言葉に耳を傾けるべきです。身体から生まれ、身体から身体へと伝えられてきた言葉は、生き生きとしています。それは、何グラム、何センチといった正確な数値では表せないものの、「適量」「ひとつかみ」「ひとつまみ」といった直感的な感覚が生きた言葉です。


たとえば、「にがにがしい」「さっぱりしている」「ちょうど良い塩梅」「少し塩気がある」「しょっぱい」「塩辛い」「苦いようだ」など、塩味ひとつをとっても、多様で豊かな表現が溢れています。「さっぱりしている」と「ちょうど良い塩梅」、「塩辛い」と「しょっぱい」には微妙な違いがあり、その違いを知ることは、化学用語を覚えることよりも重要です。つまり、その間の「塩梅」をよく知ることが大切なのです。


世界保健機関(WHO)が推奨する摂取量ではなく、自分の身体が求め、必要とする量を見つければ良いのです。塩の摂取は、生きるために欠かせないだけでなく、健康で活力ある生活を送る上でも非常に重要な問題です。それは学者や医師、栄養士が標準摂取量を決めるものではなく、統計の中の他人の話でもありません。これは、今生きている自分の身体で起こる、自分自身の問題だからです。


美味しく食べることが身体にとっても良いことです。だからこそ、味覚を活かし、感覚を目覚めさせ、生きる喜びを感じるようにするべきです。この瞬間も、私たちの体内を巡る「塩の海」は、体全体を流れながら栄養を運び、神経伝達の信号を送り、老廃物を取り除き、浄化し、必要のないものを体外へ排出するという役割を黙々と果たしています。塩の本当の価値を理解すれば、塩を遠ざけることなどできません。


塩に対する誤解を解くことで、今よりももっと健康的に生きることができます。塩が持つ恩恵と呼べるさまざまな利点を体験すれば、硬くなっていた身体と心がほぐれ、多くの固定観念から解放されるでしょう。食べ物に対する偏見、人に対する偏見を捨て、「正しい・間違い」という二元論から抜け出して、相互に関わり合う関係性を理解できるようになります。


健康への懸念や不安、疑念、罪悪感から解放されることで、食事が楽しくなります。結果として、美味しさも生きる力も手に入れることができるのです。


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